2007年05月24日

光ある明日へ

1998年
今から9年前の4月、父が57歳で亡くなった

その3ヵ月後、二人目の女の子がこの世に降りてきたとき
母が、難病ALSを発病した

1年間は、母の病名がわからなかったけど
Rちゃんが、この世界の空気にふれたときと
時を同じくして、母の病名が告知された

あれから、ながぁいながい時間がすぎた

色んなことがあり、傷ついたりだれかを傷つけたこともあったような気がする

母が、家で過ごすのは難しいと感じ始めてから
たくさんの葛藤があった

助けてくれる人もたくさんいたし、批判もたくさんあった

その中で、正しい答えなんて見つからなくて
いつからか、感情を表に出さない生き方を身につけたような気がする

母は、来週、埼玉の療養施設へ移ることになった

決めたのは、私で、母の希望ではない

2004年

母と子供たちとここに帰ってきたとき子供たちには選択肢はなかった

小学校4年生だったAちゃんが今年中学生になった

164センチ〜話していても最近は目線が一緒になっていることに驚いた

2人は、いつも元気で明るく新しい環境になじもうとしてたと思う

2007年

私は、小さいときからよく熱をだして、高校生になっても大学生になっても、何回か入院して、たくさん心配かけたと思う

母の荷物をまとめていると
私が大学生になり東京へ行くとき、母はどんな気持ちだったかなと想う
結婚すると言って、遠くへ行くことになり、どんな気持ちでいたのかなと...


今は、なにが正しくて、何が間違っていたのか
そして、どうすればよかったかもわからない

ただ、だれかに頼ったときに、そのすべてが失われることが怖くて
自分に少しずつ嘘をついたのかなと思う










posted by shio at 23:56| Comment(0) | ALS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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