2007年10月30日

新月へ向かって

たくさんのコメントありがとうございました

もうすぐ四十九日を迎えます

母の在宅療養を諦めたことが
母のこの世での命を早めたことを
後悔しています

母の命に引っ張られていたのは私の方で
その糸が途切れた今
何をどうやって毎日を過ごしたらよいのか
空気の中を泳いでるような錯覚におそわれることがあります

発病してから10年

あれ以上生きるのは辛かったかもしれないけれど
まだずっとずっと子供たちの成長を見て欲しかった

多くのことを求めすぎたのかもしれないと思う

命に責任を持つということは、とても大変なことだった

大変じゃないといつも自分に言い聞かせていたけれど
母が亡くなった今、なんでもない一日がどれだけ幸せなのかよくわかる

時間つぶしに入ったカフェがとても居心地が良く
置いてある雑誌を読んでいたら
今、働いているホテルのエステの記事をみつけた

子供の参観日に行ったら、私を見つけたRちゃんが
満面の笑みで私に微笑みかけた
帰りの会で、元気に歌う3年生たちをみた

塾の帰り道、車の中で、上機嫌に今日あった出来事を
「ママ、聞いて聞いて」とたたみかけるように話しかけるAちゃん

4年くらい前に、まだ私が鳥取に居たときにやっていた
だいすきだったドラマの再放送をみた

夕ごはんをゆっくり時間をかけて作った

ベランダにたくさん、花を植えた

どの出来事も、かけがえのない幸せに思えた

このブログは、これで最後にします

新しい居場所を見つけられるように毎日を大切にすごしていきたい








posted by shio at 23:04| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月03日

最後の月

7月31日

夏休みで祖父母の所に帰省する次女を羽田空港まで送った帰り道

無事に飛行機に乗ることを見届けて
やれやれ、しばらく静かな我が家だなぁと思いながら
新幹線にのりこんだ

あと20分くらいで駅につくとき
携帯がなった

市外局番047は、母のいる埼玉からだ
何回かなったので、デッキにうつりかけなおした

やはり母のいる埼玉の施設からだった
「今から入院しますがよろしいですか?」と唐突に言われた
状況が飲み込めなくて
「お任せしますが、すぐに行った方が良いですか?」
と尋ねると
「とりあえず、入院の手続きには来て欲しいですが
すぐではなくても良い」という答えに安堵する

電話をきって、このまま東京に戻り母の入院先へ行こうかと思ったけれど仕事もあったので、東京にいる兄に病院へ行かれるかメールをいれた
「行ける」と返事があり、ひとまず仕事場へむかった

出勤すると予約のお客様がキャンセルになり
そして、なぜか胸騒ぎがとまらなかたったので
早退をさせてもらい、再び新幹線にのった

途中、先に病院に着いた兄からメールがきて
「かなり深刻だよ」

なんで。なんで。
こないだ会ったときは元気だったのに。。。
そんな悪いはずがない


病室にはいると、変わりはてた母の姿と
かたわらに、着替えだけがはいったいビニール袋がひとつ置いてあった

母は意識があるのかもわからない状態で
手も足もパンパンに浮腫み腫れ上がり
唯一の表現手段だったまばたきが出来ないため
眼球保護の為に、目の上にガーゼがのせられていた

当直の先生しかいないので、詳しい検査や説明は明日と言われた

手や足のリンパの流れをよくしようとひたすらさすっていた

翌日、主治医の先生から、開口一番
「覚悟はできているんですか?」と言われた

・・・(母が)入院したときには、すでにこの状態で、今までの経過もよくわからない。腎不全と心不全をおこしていて、おそらく肺に水が溜まっているかもしれないが、検査の為に動かすことさえ危険なため、これ以上の検査はできません。今後、点滴による抗生物質の投与を行っても、もともとの免疫力が落ちていることが予想され
回復の見込みは難しく、長引くことになりますが。
どこまでの治療を望みますか?
と聞かれた

「今できる限りのことを」と答えるのが精一杯だった

それから、静脈からの高カロリー輸液をいれる処置が行われたが
うまく入らなかったらしく
途中で病室を覗くと
血だらけになった母が肩をまるだしにされたまま
横たわっていた

母にタオルをかけて、これから続く病院での生活を思うと
暗闇のなかに放り出されたような気持ちになった

私が医者だったら、看護士だったらなと痛切に思った
今は、なにをしてあげることもどうしていいかもわからない

在宅療養中は、病気での入院はおろか、風邪ひとつひいたことがない母だった

とにかく、そばにいることしかできない
一生懸命に身体をさすると、浮腫みは引いたような気がした

ALS協会の会長、橋本みさおさんへ電話をかける
発病以来、20年はたつ橋本さんは人工呼吸器をつけていながらも
24時間介護をうけながら、海外にもでかけている
今までも事あるごとに相談をしていた

母の状態を説明する
「いま、母は苦しいのでしょうか?意識はあるのでしょうか?」
「本人は、苦しくはないから大丈夫よ。見ている家族が一番辛いだけ。そばにいてあげて」といわれた

今までは、母がどんな状態でも、意識があることが救いだった
でも、今は、意識がないことを願っている
こんな状態で、意識があったら辛くて苦しくてたまらないだろうと

でも必死で呼びかけた
子供たちも来て、母に話しかけるとわずかに反応した

飛行機でもどった下の子は、「笑わせたらいいんじゃないの」と
母についている機械の数字を見ながら、携帯の音楽を聞かせたり
おもしろいことを言ったりしていた

8月の上旬、あらためて主治医から
「私が、はじめにイメージしていたとうりになりました。
肺機能が働いていないので、今週一杯だと思います」

お世話になったヘルパーさんたちや、マッサージの先生達がお見舞いに来てくれた

その度に母の反応はよく、とにかく少しでも回復して
地元の病院へ転院できるようにと私も願った

少し落ち着いたなと私が病院から家へ帰ると母の状態が悪くなり
病院から電話が入ることが何回も続いた

9月に入り、子供たちの学校も始まり
病院に頻繁に行くことが出来なくなった

休んでいた仕事も再開しなければいけない

とにかく、静岡に連れて帰ってこようと
地元の病院や訪問看護士さんに連絡をいれ
容態が落ち着けば受け入れ可能という返事ももらっていた

私が行くと、母の反応はよく、手や足をさすると
浮腫みもよくなっていた

9月17日
病院から再度の電話「血圧がさがっています」
下の子と病院へ行った

病院へ着くと血圧は、正常値に戻っていて
下の子と一緒に母の身体を拭く
たまっていた洗濯をしようと近くのスーパーへ洗剤を買いに行った
下の子が、綿菓子を買った

退屈であろうなにもない病室で、母に話しかけたり
身体をさすってくれた
洗濯を一緒にたたんで、夕方、家に帰った
いつも母が家に居たときのような時間が流れた

夜になり、仕事の引継ぎのため、職場へ行くと
丈君のお母さんが声をかけてくれた
「おばちゃん、どう?」
「Yちゃんにそばにいてほしいんだよ。丈君もそうだったから
なるべく居てあげな」

仕事をしようと階段をのぼると携帯がなった
病院からだった
「血圧が、さがっているからきてください」
子供たちのごはんと明日の支度をして、新幹線に乗った

血圧は正常に戻っていた
母に「もうなにも心配しなくていいからね」
「私も子供たちもちゃんとやってるから」と伝えた
翌朝、落ち着いていたので、子供たちの登校までに
家に戻ろうと始発の新幹線にのった

午前中は兄が行ってくれるというので仕事にでかけた
兄からメールがきて「落ち着いているから仕事に戻る」

これで、しばらく母は落ち着くかなと思って
久しぶりの我が家で眠りについた

翌朝、電車にのって、しばらくすると携帯がなった
病院からだった

「心臓の動きが悪いです。どれくらいでこれますか?」
切迫した空気が電話の向こうに流れていた

病院へ向かう新幹線にのると先に病院についた兄からメールがきた

「間に合わなかった」

新幹線の席に座ることが出来ず、デッキにたちつくした

病室につくと、母の身体についていた全ての器械がとれて
顔の上に白い布がかぶせてあった

まだ、温かい母の肩をさすって人工呼吸器の音や脈拍の音がしない
静かな母の傍らに立ち、これでやっと家に連れて帰れるなと思った

母が居るときは、介護の時間の段取りやそれとかね合わせての
仕事のやりくり、いつも時間に追われて、いつなるかわからない携帯を手放すことがなかった

たくさんの人に支えられての10年間だった

母が埼玉の施設に移ってからは
誰も居ない静かな我が家に1人帰る下の子や
いつまでも仕事が終わらない私を待ちくたびれて寝てしまう二人を
見て、母が居てくれるだけで、どれだけ私自身が支えられていたのかなとよく思った

それ以上に仕事に打ち込んだつもりだったけれど

今、なんでも自由になんの制約もない時間をすごせるようになると
なんの力もわいてこない自分に驚いたりしている

後悔はない
精一杯やったし、母も生きぬいたと思う


母が最後に詠った歌

難病で治療法なく薬なき さすってもらう

7月10日

途中で終わっていた

もしも私の手が、誰かの気持ちを少しでも穏やかにできるのならば
前を向いて、今の仕事を続けていこうと思う

出会えた全ての方に
母の代わりに伝えたいです

本当にありがとうございました

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posted by shio at 20:58| Comment(8) | ALS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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